特別区Ⅰ類の試験においては、一次試験において論文試験が課される点に特徴があります。一次試験は教養試験(多肢選択式)、専門試験(多肢選択式)、論文試験の3科目から成り、その配点等は明らかにされていません。しかし、教養試験と専門試験の素点の得点率が5割を切っていても通過した報告が見られることから、論文試験の配点比重は大きいものであると推察されます。
国家一般職の一般論文試験は配点が低い上に標準偏差も小さく差が付きにくいために対策に注力する必要はないのに対して、特別区Ⅰ類の受験をする場合は、必ず論文試験の対策を行うべきです。この記事では、その具体的な対策法についてお伝えします。
概要
特別区における論文試験の概要は次のとおりです。
出題される試験区分 | 事務、福祉、心理、衛生監視 |
試験時間 | 1時間20分 |
文字数 | 1,000字以上1,500字程度 |
出題形式 | 2題から1題を選択して回答。内容は特定の施策のありかたを問うもの。 |
配点、採点基準等 | 不詳(非公開) |
ちなみに、採点者は特別区の職員だと言われています。外部の研究者等へ採点を委託しているということはありませんので、無理にアカデミックな内容を盛り込む必要はありません(専門用語を並べたところで、採点者側も理解できないと思います。)。基本的な論文の書き方を抑えて、ある程度時事的な項目を盛り込んで書ければ十分に合格水準に至ることができます。
また、出題形式については、「特別区の職員としてどのような役割を果たすべきか」といったような問われ方をされることがありますが、その本質は政策提言を行うというものと考えて差し支えないです。
具体的な対策方法は、次の3ステップです。
STEP1:論文の基本的な書き方をインプットする
これは一般的によく言われることですが、1,000~1,500字程度の論文であれば、どのような出題があったにしろ、基本的な構成・スキームは同じです。一例として、以下の構成で、4つ程度のパラグラフに分けて書くことが望ましいです。
第1パラグラフ:選択した施策に関する全国の状況、時代背景、時事等
第2パラグラフ:特別区における問題点
第3パラグラフ:問題点を解決する手段の提言
第4パラグラフ:まとめ
特別区Ⅰ類の論文試験では、特定のテーマ(施策)が2つ設問として提示されるため、そのいずれかについて検討し、提言を行うという形式が採られています。最初のパラグラフにおいては、選択したテーマの全国の状況、時代背景等について、時事の知識を絡めつつ記述します。
第2パラグラフにおいては、施策をミクロ化して、特別区に適用した場合に、現にどのような問題が生じているかを記述します。ここでも、特別区における施策の状況等を基に時事的要素を絡めて記述できるとなお良いです。ところで、「政策」とは、「望ましい状況と現在の状況(問題点)のギャップを解消するための手段」と説明されることがあります。次のパラグラフで提言を行うに先立って、このパラグラフにおいて現在の特別区の状況を記述しておく必要があるというわけです。
第3パラグラフにおいては、具体的な提言を行います。論文の肝となる部分です。これには次の3つのアプローチがあります。
- 全く新しいスキームを提言する。
- 他区・他市等の先進的事例を特別区に当てはめたものを提言する。
- 既に取り組んでいる施策・事業の拡充や改廃を提言する。
この3つです。ただし、③については独創性が低いため、提言を行うという性格に沿った回答とするならば、①か②に基づいて回答することを推奨します。特に②は「下調べをしている感」も演出できますし、必然的に地に足のついた提言となるためおすすめできます。(ただし、取り上げた先進的事例が特別区においても適当できるものであるかどうかは必ず検討しておいてください。)
STEP2:出題されるテーマを10~20個ほど予想する
特別区Ⅰ類の論文試験は、出題されるテーマにある程度の傾向があることで知られています。例えば、直近で出題されているテーマは次のとおりです。
特別区Ⅰ類論文試験における過去の出題テーマ | ||
試験実施年度 | 出題テーマ1 | 出題テーマ2 |
2024 | 地方行政のデジタル化 | いじめといじめによる不登校対策 |
2023 | デジタル社会における行政の情報発信 | 少子高齢化社会における地域活動 |
2022 | 限られた行政資源による区政運営 | 地域コミュニティの活性化 |
2021 | 区民ニーズに即した公共施設のあり方 | SDGsを踏まえたごみ縮減等 |
2020 | 先端技術を活用した区民サービス | 地域の防災力強化(地震等) |
2019 | 外国人との共生 | 認知症高齢者増加への対応 |
2018 | 住民との信頼関係の構築 | 子どもの貧困 |
2017 | 空き家問題と地域コミュニティ | 少子高齢化社会における女性の社会進出 |
2016 | ユニバーサルデザインとまちづくり | 区におけるICTの利活用 |
2015 | 自治体事務のアウトソーシング | ワークライフバランスの実現 |
2014 | 自転車行政 | グローバル社会における区のあり方 |
2013 | 国内外への東京の魅力向上 | 学校でのいじめ問題と地域のあり方 |
2012 | 自治体のアカウンタビリティ | 高齢社会における地域のあり方 |
2011 | 災害に強い地域社会 | 地域コミュニティの活性化 |
2010 | 保育の待機児童問題 | 都市インフラ整備のための合意形成 |
2009 | 防犯と地域社会 | 学校選択と地域社会 |
2008 | 都区制度と区のあり方 | 区における情報通信ネットワークの利活用 |
2007 | 区と住民(地域)の協働 | 環境問題 |
2006 | 少子高齢社会における区のあり方 | 防犯と地域社会 |
2005 | 地域福祉の向上 | 大地震に対する減災 |
ご覧いただくと、ある程度の傾向があることが分かります。特別区Ⅰ類の論文試験におけるテーマは、次のような考え方に則って出題されていると考えます。
- 全国的にトレンドとなっている論点か
- 基礎自治体としての特別区が制度を所掌している事務であるか
- 最近論文試験で出題された論点ではないか
これに則れば、特別区Ⅰ類試験の論文試験において出題されるテーマを予想することは容易です。たとえば、以下の記事のとおり、私は近年の論文予想のテーマについて予想していますが、的中しています。
この予想では、二番手としてICT・デジタル関係のテーマを掲げていました。2021年にデジタル庁が創立されて間もなく、生成AIが世界的に伸びてきた頃でしたから、間違いなく「①全国的なトレンド」でした。くわえて、ICTについては、例えばマイナンバー制度は社会保障関係と結びつきの強いものですし、障がい福祉の窓口でもデジタルを導入する流れがあります。自治体によっては「情報政策課」や「DX推進課」を置いているところもあります。ICTの推進自体は国が音頭を取っているものですが、それをどう自治体において活かすかは「②基礎自治体としての特別区が所掌しているもの」と言えます。また、ICTについては頻出論点でありながら2016年、2020年に出題があったため、「③最近論文試験で出題」されておらず、サイクル的にもそろそろ怪しいところでした。
さて、以上の①~③の3つのポイントのうち、特に重要なのは「②基礎自治体としての特別区が制度を所掌している事務であるか」です。たとえば公務員試験時事対策の鉄板である速攻の時事を見ると、掲示されているトピックは多岐に渡っているように思えますが、その中で特別区が所掌している事務、あるいは特別区において議論されるべき問題といった眼鏡を通して見ると、該当するものは一部に限られます。
たとえばマクロ経済政策、金融政策等については専ら国レベルで議論されるものであり、そもそも基礎自治体レベルで議論される余地のないものですので、こういった理由から特別区の論文試験においては出題されていないというわけです。
では、生活保護行政ではどうでしょうか。保護基準に変動があった際などは報道で見かけますし、話題を呼ぶこともありますし、話題を呼び得る論点です。また、特別区において事務の執行を所掌しています(どこの区にも保護課があり、ケースワーカーが在籍しています。)。しかし、忘れてはならないのは、生活保護行政は地方自治法上の法定受託事務であり、制度設計は国、つまり厚生労働省社会・援護局が担っているということです。執行する権限は特別区にありますが、その裁量はほんのわずかです。したがって、生活保護行政は特別区において重要な施策には違いませんが、議論される余地がないために、これまでに出題例がないのだと考えられます。選挙制度、国民健康保険制度、国民年金制度等についても同様のことが当てはまりますね。
論文試験対策のSTEP2としては、以上のような考え方に基づき、出題されるテーマを10個、余裕があれば20個ほど選出します。面倒であれば本サイトのようにネット上で公開されている予想に乗っかるというのも手です。大手予備校でも予想が行われているみたいですね。
本サイトでも、本試験の論文試験が近づいたら、予想を行うつもりです。
STEP3:予想したテーマについて、回答案の骨子を作って記憶する
テーマを選出したら、STEP1で確認した構成(4つのパラグラフ)に従って、それぞれ回答案の骨子を作っていきます。一例として、「危機管理(防災関係)」のテーマについて骨子を作る場合、以下のようになります。
「危機管理(防災関係)」がテーマの場合の一例
第1パラグラフ:「防災意識社会」、「プッシュ型支援」、「ISUT」等、最近できた概念を引合いに出して、全国的な趨勢として防災意識が高まっていることを確認する。
第2パラグラフ:特別区においても、30年以内に首都直下型地震が発生する確率が70%と言われており、また〇〇区のように木造家屋が密集している地域や、△△区のように道路の拡幅が未だ進んでいない地域もあるため、防災が喫緊の課題である旨を記述する。
第3パラグラフ:人口が密集する特別区においては、自助・公助・共助における共助の概念がより重要であると主張する。そこで、地域コミュニティにエンパワーメントを与えることで地域防災力の向上を目指すことを提言する。具体的には、区内中小企業や町内会の参加する新たな防災イベントを企画すること、福祉制度における地域共生社会・地域包括ケアシステムを防災においても活用することなどを提言する。(具体的な区名や組織名、事業名、先進事例等を引用するとなお良い。)
第4パラグラフ:まとめとして、「特別区職員として、地域コミュニティ形成を通じて区の防災機能の向上を目指していきたい」などと締めくくる。
準備したすべてのテーマについて具体的に論文を書いて覚える必要はありませんので、以上のように、4つのパラグラフに基づく骨子を作成して記憶しておき、現場で肉付けをして論文として再現・完成させられるよう準備をしておくというのが、特別区Ⅰ類試験の論文試験の対策ということになります。内容としては、論文試験は大学や大学院における論文とは全く異なるもので、あくまで試験に過ぎないものですから、以上のようなもので十分です。
まとめ
- 論文対策は次の3ステップに基づいて行う。「①論文の基本的な書き方をインプットする」、「②出題されるテーマを10~20個ほど予想する」、「③予想したテーマについて、回答案の骨子を作って記憶する」
- 出題されるテーマには理由があるため、予想することは容易である。