このサイトでは公務員受験生や公務員向けの記事を中心に据えておりますが、今回取り扱うのは、普段とは一線を画したコラムのような記事です。世間でもたびたび話題になる、外国人と生活保護の関係について取り上げます。
外国人が生活保護(に準ずる給付)を受給していることは周知の事実ですが、その是非については議論されることが多いです。この記事では、外国人と生活保護を巡る論点について整理、紹介していきます。
内容は法的な側面に基づくものになっているものなので、主に法学部や法科大学院の学生の方向けの記事となりますが、興味のある方に幅広くご覧いただければ幸いです。
※ただし、研究論文ではないため、当然に査読等を経たものではありません。内容の正確性の保持に努めておりますが、保証できかねますのでご承知おきください。
※筆者は、生活保護法を外国人に対して適用又は準用すべきかについて、明確な立場に属しておりません。フラットな視点から論点整理や問題提起を行う趣旨の記事です。
内容として、主に以下のようなことを取り扱っています。
- 生活保護を巡る法学的な論点
- 外国人と人権に関する法学的な論点
- 生活保護(に準ずる給付)が外国人に支給されている理由や根拠
憲法第25条の法的性格に関する論点整理
まずは、生活保護制度を取り巻く法学的論点から紹介していきます。生活保護制度の主たる根拠法は生活保護法ですが、生活保護法は、憲法第25条で規定される生存権を具体化したものであると理解されることがあります。
(日本国憲法)
第二十五条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。
日本国憲法 | e-Gov 法令検索
② 国は、すべての生活部面について、社会福祉、社会保障及び公衆衛生の向上及び増進に努めなければならない。
この憲法第25条の法的性格については、生活保護制度における最たる法学的論点の一つとなっています。この論点については、主に以下のような学説が展開されています。
- プログラム規定説(判例)
- 抽象的権利説(通説)
- 具体的権利説
プログラム規定説
まず、判例はプログラム規定説の立場をとっています(堀木訴訟 最大判昭和57.7.7民集36巻7号1235頁)。プログラム規定説は、憲法第25条の規定は国民の権利を定めたものではなく、飽くまで国の指針や努力義務を定めたに過ぎないとする学説です。
この立場をとると、国民が生存権を実現する手段を求めて訴えを起こすことは難しくなります。
抽象的権利説
対して、通説として抽象的権利説という学説があります。これは、憲法第25条の規定は抽象的に国民の権利を定めたものであり、当該規定を具体化する法律があって初めてその具体的権利や裁判規範制が生じるのであるとする立場です。国民は、憲法第25条を直接の根拠として生存権を実現する手段を求める訴えを起こすことはできないとする学説です。
この記事でも、以下で特に言及しない限り、この学説の立場をとることとします。
具体的権利説
また、有力説として具体的権利説があります。憲法第25条の規定は国民の具体的な権利を定めたものであるとする学説です。この説の立場をとると、国民は同条を直接の根拠として訴えを起こすことができることとなります(裁判規範性がある。)。
この三つの中で、憲法第25条を最も強権的に見なすのがこの学説ですが、現在はあまり支持されていません。
憲法論における外国人の権利に関する論点整理
もう少し法学的なお話を続けさせていただきます。
外国人の人権享有主体性の存否
まず、そもそも外国人に、憲法が定める基本的人権が適用されるのかといった論点があります。憲法第11条では、「国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。」と規定されているが、外国人が当該条文の「国民」に包含され、基本的人権を享有する立場と解釈されるべきか否かが第一の争点となるのです。これに係る学説としては、おもに以下の二つの学説が展開されています。
- 肯定説(通説)
- 否定説
肯定説(通説)
通説は、外国人に基本的人権を肯定すべきとする肯定説です。
肯定説の根拠としては、まず人権の前国家性が挙げられます。憲法第3章における人権に係る規定は、前国家性を有する人権、すなわち自然権について実定的なものであると確認したものに過ぎないことから、いわば後国家的な要素である国籍に依拠して人権享有主体性の存否を判断することは適当ではなく、その人権の普遍性から当然に外国人の人権享有主体性が導かれるべきであるとされるのです。
加えて、わが国における国際協調主義についても、その論拠の一つとなっています。憲法第98条において条約および国際法規の遵守が定められ、かつ、国際人権規約に見られるように人権の国際化が顕著となっていることに鑑みて、わが国に暮らす外国人にもこれを認めることが適当であると考えるのです(芦部信喜『憲法 第4版』90頁(岩波書店、2007))。肯定説は、以上のような論拠の帰結として、外国人もまた人権享有主体性を有するとの結論が得られるべきであると主張するものです。
参照条文(日本国憲法第98条)
第九十八条 この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。
② 日本国が締結した条約及び確立された国際法規は、これを誠実に遵守することを必要とする。
否定説
一方で、憲法による外国人の人権享有を否定する立場もあります。否定説と呼ばれる学説です。外国人の人権について、「憲法は直接にはとくに規定していない」「外国人に対して基本的人権を保障することは、直接第3章の規定に基づくのではないが、憲法の精神に適う」とする立場で、飽くまで憲法による外国人の権利保障は否定していますが、立法政策によって権利保障される余地を認めているものです。
憲法論における外国人の権利に関する論点整理
先述のとおり、通説は外国人の人権享有を肯定しています。但し憲法論においては、単に外国人が人権享有主体性を保有し得るとしたとしても、その人権の範囲を日本国民と同等の程度及び範囲と解釈することが適当かどうかについてはなお疑問が残るとされるのです。すなわち、上述した論点において外国人が人権を享有するとの立場を取るとするのであれば、副次的にこの範囲について論じる必要性が生じるのです。この論点における学説として、次の二つを挙げることができます。
- 文言説
- 権利性質説(通説・判例)
文言説
まずは、文言説という学説があります。公法たる憲法は国家と私人との関係について規定を置くものですが、その条文においては私人としての主体を示す表現として、「何人(も)」と「国民(は)」の二種類を確認することが出来ます。そこで、憲法第3章の規定を文言解釈すれば、各条文において「何人」と明記されている権利についてはその主体を日本国民に限定しない一方で、「国民」と明記されている権利についてはその主体を日本国民に限定しており日本国民固有のものであると捉えることが出来ると考えることができるのです。以上のように、該当する条文の文言に応じて、その権利を享有するべき主体を峻別できるとするこの学説が、文言説と呼ばれる立場です。
権利性質説(通説・判例)
一方で、単に文言解釈により保障される権利の範囲を判断するのではなく、各権利の性質に照らして、その権利が外国人にも保障が及ぶかどうかを勘案すべきであるとの立場をとる学説が権利性質説(性質説)です。通説・判例ともこの学説の立場を取っています。この判例がマクリーン事件と称されるもの(最大判昭和53・10・4判時903号3頁)で、公務員試験においても頻出の論点となっています。本稿においても、特に言及しない限り、権利性質説の立場をとることとします。
さて、遠回りしましたが、この記事は生活保護についてのものです。生活保護は社会権的な性格を持ちますが、社会権における場合には、その権利の性質に照らして外国人に社会権の享有主体性を認めないとの見方が通説とされる場合があります。一方で、「社会権の保障を外国人にも及ぼすことが権利の性質に反するどころか、むしろ望ましい方向」とする学説や、更にそれを前進させて「(社会権は)日本社会に居住し、国民と同一の法的・社会的負担を担っている定住外国人にも妥当する」とする学説も台頭してきているとされています(中村 睦男ほか『憲法I 第3版』213~214頁(有斐閣、2001))。このように、外国人が社会権を享有するか否かについては争いがあります。
同様に、生存権が外国人に保障されるか否かについても議論があります。生存権は外国人に及ばないという立場がある一方で、生存権の人類普遍性の認識や国民国家的憲法感覚からの脱却の必要性を述べる研究も多くあります。
最高裁判例(大分外国人生活保護訴訟)
それでは、少しずつ本題に入っていきます。
- 法的に、生活保護法は外国人に適用されるのでしょうか。
この問いに対しては、大分外国人生活保護訴訟という有名な判例があります。生活保護法は戦後間もなく制定されましたが、外国人が生活保護を受給する権利を有するか否かについて最高裁の判決が下されたのは比較的近年です。この「最二小判平成26.7.18判決(平成24年(行ヒ)第45号)」では、最高裁は、生活保護法を始めとする現行法令上、生活保護法が一定の範囲の外国人に適用され又は準用されると解すべき根拠は見当たらないとしているのです。
以下では、この判例について詳しく紹介します。
⓪ 経緯
永住者の在留資格を有する外国人であるAは、生活に困窮し、2008年12月15日に大分市福祉事務所長へ生活保護の申請を行ったが、預金残高が相当額あることを理由に、同月22日付けで同申請を却下する処分をした。
Aは、本件却下処分を不服として、2009年2月6日、大分県知事に対して審査請求をしたが、同知事は、行政不服審査法上不服申立の対象は「処分」とされているところ、外国人に対する生活保護は法律上の権利として保護されたものではなく、本件却下処分は「処分」に該当せず、不適法であるとして審査請求を却下した。Aはこれに対して、本件却下処分の取消し・保護開始決定の義務付けを求めて訴訟を提起した。
① 第1審 大分地判平成22.10.18判例地方自治386号83頁
2010年10月18日、第1審判決は、「永住資格を有する外国人を保護の対象に含めなかった生活保護法の規定」に憲法25条及び14条1項違反はなく、外国人には生活保護法の適用がないとの判断を示した。
また、Aの申請に対する却下処分には処分性は認められず,却下処分の取消しを求める請求は不適法であるからこれを却下するとした。
② 原審(第2審)福岡高判平成23.11.15判タ1377号104頁
他方、2011年11月15日、福岡高裁は第1審判決を取り消し、本件却下処分の取消しを求めるAの請求を認容した。その理由は、「一定範囲の外国人も生活保護法の準用による法的保護の対象になるものと解するのが相当であり、永住的外国人であるAがその対象となることは明らかである。」「本件申請当時、Aには生活保護法4条3項所定の急迫した事由が存在したことが認められ、これに基づいて生活保護を開始すべきであった。」といったものであった。この原審の判断を不服として、Aが上告した。
参照条文(生活保護法第4条)
(保護の補足性)
第四条 保護は、生活に困窮する者が、その利用し得る資産、能力その他あらゆるものを、その最低限度の生活の維持のために活用することを要件として行われる。
2 民法(明治29年法律第89号)に定める扶養義務者の扶養及び他の法律に定める扶助は、すべてこの法律による保護に優先して行われるものとする。
3 前二項の規定は、急迫した事由がある場合に、必要な保護を行うことを妨げるものではない。
(なお、Aに対しては、2011年10月26日より、上記申請の後にされた別途の申請に基づいて生活保護の措置が開始されている。)
③ 終審 最二小判平成26.7.18判決の判旨
判旨は、「原審の(中略)判断は是認することができない。」というものであった。その理由の一つとして、以下のとおり述べられている。 「現行の生活保護法は、1条及び2条において、その適用の対象につき『国民』と定めたものであり、このように同法の適用の対象につき定めた上記各条にいう『国民』とは日本国民を意味するものであって、外国人はこれに含まれないものと解される。そして現行の生活保護法が制定された後、現在に至るまでの間、同法の適用を受ける者の範囲を一定の範囲の外国人に拡大するような法改正は行われておらず、同法上の保護に関する規定を一定の範囲の外国人に準用する旨の法令も存在しない。したがって、生活保護法を始めとする現行法令上、生活保護法が一定の範囲の外国人に適用され又は準用されると解すべき根拠は見当たらない。」
参照条文(生活保護法第1条及び第2条)
(この法律の目的)
第一条 この法律は、日本国憲法第二十五条に規定する理念に基き、国が生活に困窮するすべての国民に対し、その困窮の程度に応じ、必要な保護を行い、その最低限度の生活を保障するとともに、その自立を助長することを目的とする。
(無差別平等)
第二条 すべて国民は、この法律の定める要件を満たす限り、この法律による保護(以下「保護」という。)を、無差別平等に受けることができる。
実際の生活保護の運用とその根拠
法的には生活保護法を適用・準用すべき根拠は見当たらないというのが最高裁の立場であると上述しましたが、一方で、実際の生活保護行政はどのように運用されているでしょうか。
生活保護法は一部の外国人に準用されている
実際のところ、生活保護法は、外国人に対して準用されている場合がほとんどです。たしかに判例は上述のような立場をとっていますが、人道的な観点から、単なる行政上(事実上)の措置として生活保護法に準ずる給付を、各自治体が外国人に給付しているのです。
ただし、外国人に対する生活保護の準用については、少なくとも事実上は、在留資格による要件が設けられています。現行制度では、外国人の在留資格により生活保護法の準用の対象となるか否かが決定されるとして運用しているのです。すなわち、出入国管理及び難民認定法(以下、入管法)上の「永住者」「定住者」「日本人の配偶者等」「永住者の配偶者等」の四つのいずれか在留資格により在留する外国人、入管法特例の「特別永住者」、また入管法上の「難民」に対しては生活保護を準用できるとされています。
なお、「準用」とありますが、その内容は生活保護法により支弁される扶助費と基本的に変わりないもので、生活扶助、住宅扶助、医療扶助等すべての種類の扶助が、同じ金額で対象となる外国人に支弁されています。
たとえば、生活保護を受給できるか否かについては、基本的に経済的な状況のみをもって判定されます。大昔の生活保護制度では怠けている者や素行不良者には支給しないとする欠格条項が設けられていましたが、戦後すぐの法改正で、既にそれが撤廃されているからです。この点については外国人においても同様で、単に収入額が最低生活費を上回っているかという経済的状況にのみ基づいて要否が判定されるのです。
運用の根拠
特筆すべき点は、特定の在留資格を有する外国人に対して生活保護を支給するとするこの運用の根拠が、1990年に厚生労働省所管課長が発した口頭指示にあるということです。生活保護をどの外国人にまで準用すべきかといった重要な事柄でありながら、法律でも政令でも省令でも告示でも通達でも通知でもなく、単なる口頭指示に根拠があるのです。このことについても議論が交わされるポイントの一つとなっています。
まとめ
以上です。かなり冗長となりましたので、最後にポイントをまとめます。少しでも議論や調べものの参考になれば幸いです。お付き合いしていただき、ありがとうございました。
- 通説によれば、憲法第25条の規定は抽象的に国民の権利を定めたものであり、当該規定を具体化する法律があって初めてその具体的権利や裁判法規制が生じるとされる(抽象的権利説)。
- 通説によれば、憲法に規定される人権が外国人に保障されるかどうかについては、単に文言解釈により保障される権利の範囲を判断するのではなく、各権利の性質に照らして、その権利が外国人にも保障が及ぶかどうかを勘案すべきであるとされる(肯定説のうち権利性質説)。
- 生活保護法と外国人の関係について、最高裁は、生活保護法を始めとする現行法令上、生活保護法が一定の範囲の外国人に適用され又は準用されると解すべき根拠は見当たらないとしている(最二小判平成26.7.18判決)。
- 行政の現場では、「永住者」「定住者」「日本人の配偶者等」「永住者の配偶者等」の四つのいずれか在留資格により在留する外国人等に対しては、生活保護法が準用されるとして給付を行っている。
- 生活保護法が外国人等に準用されることの根拠は、1990年の厚生労働省所管課長の口頭指示にある。